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60年代からの手紙シリーズ・ホモフィクタスメタドラマ計画 Ⅳ
『呼び醒し2』墓場の草を喰らふ─室伏鴻へのオマージュ二夜


呼び醒し

呼び醒し

開催:2021/8/28(土)-8/29(日)
場所:中野テルプシコール



[第一夜]
8/28(土) PM7:00 開演 ¥3,000(+Tax)

<舞踏パフォーマンス>
小松亨(舞踏)
菊地びよ
大西蘭子(ノイズ+)
川口マリ(オブジェ)
平井賢二(アクション)
結城一糸(糸操り人形)
芥正彦(アクター)

<Voice Reading>
朗唱:芥正彦
使用テクスト:F・ガルシア・ロルカ、芥正彦、ハイナー・ミュラー、 ロートレアモン、A・アルトー


[第二夜]
8/29(日) PM4:00 開演 ¥2,000(+Tax)

<映像上映>
イタリア公演「タランチュラ」、 二人アルトー、HELGABALより三幕 他

<鼎談>
鴻英良、竹重伸一、芥正彦
「室伏鴻がそうであったように、“ビオスとゾーエーの衝突/融合” からいつも新しい芸術は発生すること。」

◆二日通し料金(2days pass)¥4,000


企画:芥正彦、小松亨
照明・音響・フィルム上映:曽我傑
協力:Ko Murobushi Archive
    SLOGAN
    おかもとりよ / 他
宣伝美術協力:77SUBERRY

◆予約・問合せ: beyondrop@gmail.com
090-3522-3078

◆ 今回は招待券の発行はありません。お金の持ち合わせの無い方はツケにできます。
受付に申し出て下さい。


呼び醒し

芥正彦のリゾーム演劇

──ホモフィクタスメタドラマ計画 Ⅳ
『呼び醒し2』 ─墓場の草を喰らふ─室伏鴻追悼二夜

(観劇日8月28日・29日)

演劇の芥正彦と舞踏の小松亨が、2015年に急逝した舞踏家・室伏鴻を追悼する2デイズ公演『呼び醒まし2』を共同企画した。初日パフォーマンスの出演者は、小松亭 (舞踏)、菊地ぴよ ([記述なし])、大西蘭子 (ノイズ+α)、川口マリ (オブジェ)、平井賢二 (アクション)、結城一糸 (糸操り人形・アルトー人形)、結城敬太 (糸操り人形・髑髏のアルトー人形)、芥正彦 (朗唱)という、菊地以外は過去にホモフィクタス演劇に参加したことのある面々。ガルシア・ロルカ、ハイナ・ミュラー、ロートレアモン、アントナン・アルトー、そして芥自身のテクストをもとにしたパフォーマティヴな朗唱と、踊り手を中心に構成された身体パフォーマンスを交互にスイッチしていくなかに、大西蘭子によるノイズ演奏や結城父子による糸操り人形の場面が、劇中劇のように挿入された。室伏鴻については、死をめぐる朗唱のなかで芥が舞踏家の名を呼んで追悼の念を示したが、その他にも、菊地ぴよが長い時間をかけてゆっくりと床に倒れていく場面で、全身を痙攣させながら踊りつづけたこと、4つんばいになって這う動きの頻出などに、室伏身体の影を確認することができた。

芥正彦の朗唱は、テクストの言葉を声によって撹乱し、身ぶりによって寸断し、言葉をその場で即興的に生み出していくように何重にも文脈を踏み外し、まるで散乱すバラバラ事件の屍体のようにあたりに放り出していく。タイトルにいう「メタドラマ」は、身体を下に置くような形而上的なものとしてあらわれてくるのではなく、言葉と言葉の危うい間隙を縫って地下のカタコンベから屍体が噴出してくるような、“下からの”メタドラマとして演じられるものである。床を這いまわる身体も、ノイズ演奏も、悲鳴のような声も、参加メンバー全員で発する不気味な哄笑も、そのようにして廃物化された身体としてステージに散乱する。反対に、アルトー的なものの対極をなすもっとも形而上的なものとして、世界資本主義が槍玉にあげられていたのも興味深い。増殖をやめない巨額の金銭がデジタル空間に浮遊しつづける形而上的状態。それと同時に、バタイユの「低級唯物論」を下敷きにしたような舞台が、舞踏の一解釈と考えられる点も刺激的だった。

2日目の上映会で、これまで未見だったホモフィクタス舞踏オペラ『HEL・GABAL』(2013年12月)の第三幕を観ることができた。芥正彦が創造する演劇空間は、それぞれが独自のスタイルと身体を持つようになった「一人一流派」の舞踏が、そこでミッションを完結してしまうのではなく、時間と場所を分けあう形で集合するひとつのアセンブリ空間(ジュディス・バトラー)を開く役割を果たしており──たしかどこかで「空間がひとつの身体として立ちあがってくる」というような言い方もされていたように記憶する──ダンスの「群舞」に相当するような集合身体を、アルトー演劇で実現したのではないだろうか。それは大駱駝艦や山海塾のように、ひとりの優れた演出家が作品構成するのとはまったく違うリゾーム型演劇といえる。今回の「呼び醒まし2」も、同様のヴィジョンのもとに公演されたものだろう。

そのなかでとりわけ魅力的だったのは、小松亨と菊地ぴよの、“並行身体”とでも呼びたくなりような絶対的距離を維持する関係性で踊られた室伏追悼のパフォーマンスだった。大西を加えた3人が三角形に身を伏せる場面にゆく直前、偶然のようにして起こった取っ組みあいのコンタクトも、菊地と大西によって演じられ、小松/菊地の並行身体は維持されていた。硬直し痙攣する身体を引き受けて踊った菊地に対し、いつもならパフォーマンスに傾いた踊りで身体をオブジェ化する小松は、これまで観たなかでもっとも舞踏的な舞踏を、真正面から、あえて愚直に踊ることを選択したように感じられた。身体が立つところに何度も帰ってくるような踊り。行き先のない歩行。口を開き泣く表情。悲鳴のような、喘息のな、言葉を奪われた声。ドロッとした動きの感触。特別なところのない特別さ。

室伏追悼の公演のなかに、この舞踏家ならではの質感と形をそなえ、ほとんど名刺がわりといっていいような倒立──両手足を上にあげて肩だけで身体を支える、背面からだと首が地面にめりこんだように見える倒立──が登場しなかったのは、公演の質を決定づけるほどの特別な意味を持つものだったと思う。硬直や痙攣、獣のように床を追う動作なら、身体の引き受けとして踊れるものが、あの倒立は──鈴木ユキオや三東瑠璃がそうするときのように──“憑依”を呼び寄せるようななにか、ダンスが共有財産にしているニジンスキーの手のようななにか、来たるべきダンスの世界性・普遍性を開くようなものにつながっているのではないかと直観する。

2日目の公演は二部構成でおこなわれ、第一部では、室伏鴻のパフォーマンスや稽古場風景の映像が4本上映され(120分)、第二部では、演劇批評の鴻英良、ダンス批評の竹重伸一、そしてラスボス芥正彦による鼎談「室伏鴻がそうであったように、“ビオスとゾーエーの衝突/融合”から」が開かれる長時間のプログラムとなった。

第一部で上映された映像は、1. 岩肌がむき出しになった自然公園を舞台に開催されたイタリア国際ダンスフェスでの室伏鴻ソロ『quick silver』(2007年8月、レッチェ [イタリア] トルチト公園)、2. 森下スタジオで小松亨と『シスター・モルフィン』のリハーサルをする稽古場風景の模様 (2013年6月、森下スタジオ・Cスタジオ)、3. 晩年に大きなヴィジョンを提示することになった室伏主催のパフォーマンスフェス『〈外〉の千夜一夜』の演目で、室伏鴻、芥正彦の両人がサシで共演した『アルトー二人』(2013年11月、横浜赤レンガ倉庫1号館。ちなみに第二部の鼎談で、鴻英良は『アルトー二人』をベケットの『ゴドーを待ちながら』だと喝破し、そのような演出にいまなおレジスタンスが賭けられているのではないかと発言していた)、そして 4. 室伏はもちろんのこと、トランペッターの近藤等則や首くくり栲象など、次々に他界していく盟友たちを映像で追悼して「60年代からの手紙」につなげた、ホモフィクタス舞踏オペラ『HEL・GABAL』第三幕の完全上映 (2013年12月、赤坂草月会館) という構成である。

第二部の鼎談では、ハンナ・アーレントやジョルジョ・アガンベンが「ビオス」(社会的・政治的な生)と「ゾーエー」(生物的な生)という古代ギリシアの生命概念を現代政治批判につなげた議論を下敷きに、この概念によってダンス/身体芸術に新たな議論を展開する可能性や、室伏鴻の人と芸術の再評価を試みるものだった。ただ、思い出話は別として、思考の瞬発力と饒舌さで自論を展開していく芥に対し、話の隙間を見つけてなんとか自分の言葉を潜りこませようとする対話者が話しはじめるやいなや、倍の(と感じられるほどの)スピードで芥が言葉を重ねてくる場面が連続。鼎談は対話というよりパフォーマンス合戦の様相を呈した。あえて余分な推測を加えてみると、芥との対談では、彼がよく知らない分野の知識で結論を隠しておかないと、こちらの思考展開の遅さに我慢ができず、話が結論にいたる前に次の話をはじめられてしまうというなりゆきではなかったかと想像する。議論の内容はさておき、語りにあらわれる思考カのスピードが三者三様に相違して、まるで言葉による音楽演奏を聴いているようであった。どんな場所も、芥にとっては劇的空間でなくてはならないという演出家の性のようなものを感じた。

舞踊・音楽批評 北里義之
初出【テルプシコール通信 No.186】掲載



再焚祭

2021年10月24日、映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』の上映に合わせて「再焚祭」と銘打つ討論会が行われました。当時、三島由紀夫と東大全共闘が東大駒場900番講堂で開催していた「焚祭」に由来する「再焚祭」は、言論に飢えたZ世代と芥正彦の長時間に渡る討論会です。この度、その記録の一部を一般公開することになりました。Z世代のコトバと、かつて東大全共闘として闘った男のコトバのぶつかり合い──どうぞお楽しみください。





原爆/天皇 そして三島由紀夫と東大全共闘

芥正彦

原爆、天皇、三島由紀夫、東大全共闘。大袈裟な名前を四つほど出しました。それはもう、それがそれである、それでしかない、ということです。

なぜ原爆と天皇を一緒にするか。私たちは原爆とともに生まれ、瓦磯でオギャーといい、天皇が人間に過ぎないというような、平和憲法、日本国憲法ができた。そのとき三島由紀夫は 『仮面の告白』で、俺は生まれたときの記憶があるという捏造の眼差しの一点を設定することで、あの作品を成功させた。しかし、我々は捏造でなく、原爆の輝きによって、ありとあらゆる無根拠なオカルト的権力が消滅して、瓦磯が瓦磯である真実そのものの光を放ったところにオギャーと生まれてきた。その精神と眼差しの始まりを、二十歳になったんですから、自分の居場所で再現してみせるということで、我々は解放区をつくり、いかなる権力も介在できない空間を誕生させたわけです。





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森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング 森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング

かくて作品が生まれた…

市田良彦

この実験の結果は残しておくべきである。音と映像の記録とは別に、どのようにこれが作られ、聴かれたかを。以下は作家・森田潤と視聴者である私、二人の経験の付き合わせである。φononレーベルの諸作品を2年にわたって聴くなかで、いつかこんなことをやってみたいと思っていた。その機会が「森田潤24h」という異例の出来事-作品の出現に合わせて訪れたことを、まずは素直に喜びたい。終演直後の興奮と疲労の只中で話を聞くという特権を一視聴者に与えてくれた森田に、深く感謝したい。





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森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング

森田潤

森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング

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森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング

森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング


森田潤24hに捧げる46小節

市田良彦

§1.
大作曲家ジャン=フィリップ・ラモーの甥は、ひょっとすると18世紀フランスに転生した森田潤その人だったのでないか。叔父と同じように音楽家であったものの、叔父ほどパッとせず、それどころか数々の奇矯な振る舞いにより、作品ではなく逸話を残した甥ラモーは、森田潤だったのでは?

§2.
私は聴いたことがない。浮浪者や泥棒たちと一緒くたに「一般施療院」という名の監獄に閉じ込められてもおかしくなかった、狂った音楽家ジャン=フランソワ・ラモーの「作品」を。それでも、彼の曲はまだはじまっていない「森田潤24h」のようだったろうと思いたくなる。甥ラモーが作品を残さなかったのは、その音楽もまた音を踏み外し、歪んだ引用に満ち溢れ、そこに「作曲家」の痕跡を認めることが困難であったからかもしれない、と。私はすでに彼らの音を「聴いて」いる。

§3.
ノイズ・ミュージックは、「作品の不在」としての狂気を地で行く。それはいつも「かつてなかった」と「まだない」の間に「ある」。だが「わしという人間がいなくなったら、あの人たち、どうするんでしょう。犬みたいに退屈しますよ」(ドゥニ・ディドロ『ラモーの甥』)。





全小節を聴く…


森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング









映画『三島由紀夫 vs 東大全共闘 50年目の真実』
芥正彦出演、2020年3月20日(金) 全国公開!
6月より上演再開!

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』 映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』
https://gaga.ne.jp/mishimatodai/

芥正彦が現代へ郵便する「60年代からの手紙」第二便

ホモフィクタス メタドラマ計画 3rd
NOISE OPERA II DEATH of OYDEPOS

『灰と、灰の灰』Ashes & Ash Ashes
 ─ 特別養護老人ホーム“アニメデスの園”の物語 ─

『灰と、灰の灰』作・演出・振付:芥 正彦 『灰と、灰の灰』作・演出・振付:芥 正彦

老いたる者に 祖国なし

これは、灰から灰へと自らの灰をさまよう老オイディプスの最期、現代のアポカリプス ── 世界の“灰”、ヒロシマの灰(物質の崩壊)からアウシュビッツの灰(新たな敬虔さ)へ、世界経済原理のカマドが排出する灰(貨幣)から、労働の灰(祈り)を経て、身体の灰(欲望)に達するグロテスクな現代の不条理劇 ── “貨幣の演劇”が世界演劇史上はじめてここに誕生しました。

これを今は亡き室伏鴻、古澤栲はじめ私と時同じく生き、すでに商品でなくされ“産業廃棄物”化しているすべての人々に捧げます。

「殲滅キャンプを前に詩を読むことほどグロテスクなことはない」
 ─ P・ツェラン

“主よ祈りなさい。
あなたの爪は私たちの肉に食い込み、
私たちの爪はあなたの肉に食い込んでいます。
主よ祈りなさい。
私たちひとりひとりの肉がもう
あなたの肉となっています。”

「私は生きるパンです。
私のパンはパンとセックスしてほらこんなにパンを増やす!
あなたはそのパンを食ってうんこにする単純機械なんですね。
だから複合出産機械である女性達に支配されつづけるんです」
『灰と、灰の灰』台本より

山崎春美による芥正彦『カスパー』評
「芥正彦はただものでは終わりそうにない」

図書新聞・第3355号

いま、演劇は間違いなく死にかけている。むろん幾たりかの優れた例外を除いてだが、ほとんど死に瀕している

──また、こと、これら肉体勝負にしか活路なき安国…じゃなかった暗黒演劇にあってみれば、いやさ、いま一歩踏み込んで言わせて貰えれば、この国に限ればすべての演劇が、おそろしく貧弱な、なけなしで単発の「気分」いじりにしか、関心なくやる気なく、それをヤれるだけの実力さえ備えていない

──臨終間近なこの国の文化には進化論も弁証法も効かない。可能性が唯一あるとすれば「天才」と「天然」、すなわち突然変異しかないと、かねがねから思ってはいた。

──あれから四十年。「ホモフィクタス・メタドラマ計画No.2」(知らなんだ)としてやってきた「六十年代からの手紙」シリーズである。──

となれば彼の「三島由紀夫vs.東大全共闘」からだと実に半世紀。こんなに真っ向勝負な直球が来るだなんて誰が想像しえたろうか──

ぼくがなにに興奮しているのか、確とおわかりだろうか。

もう長きにわたり低迷し 霧散し形骸のみと言われ、消滅寸前とされ、凋落の一途にあった「アングラ演劇」に「待った!」を掛け、原点から立ち上がったのがこの「ノイズオペラ『カスパー』」であり、まぐれ当たりした徒花などでは毛頭なかった──

その魅惑、手応え。まごうことなき「来るべき演劇」への予感を孕んでは、十二分に次回作を期待させると確信できるからこその、「号外記事」なのだ──『図書新聞』第3355号掲載 山崎春美 カスパー評より

>> 全文はこちら

公演情報

【作/演出/振付】

芥 正彦

【音楽/ライブ演奏】

佐藤 薫+森田 潤
ラヂオ Ensembles アイーダ

【日程】

2019年10月9日(水)〜12日(土)(※12日公演は中止になりました)

【開演時間】

9日 19:00
10日 19:00
11日 19:00
12日 17:00(※12日公演は中止になりました)

※受付開始は開演の60分前。開場は30分前。

【会場】

VACANT
https://www.vacant.vc/

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-20-13

◉東京メトロ千代田線・副都心線「明治神宮前駅」5番出口より徒歩5分

◉JR山手線「原宿駅」竹下口より徒歩10分

【CAST】

光瀬指絵

山崎春美
杉田丈作

松下正巳
平井賢治

木部与巴仁
大西蘭子

田村泰二郎

中島晴矢
キヨスヨネスク
中村 瞳
久保和支

三坂知絵子(声)
小松 亨

新井 純
結城一糸

芥 正彦

※出演を予定しておりました不埒ライフは体調不良のため降板いたしました。

【料金|全席自由】

〈一般〉
前売 4,000円/当日 4,500円

〈U-25〉
前売 3,000円/当日 3,500円

〈70歳以上〉
前売 2,500円/当日 3,000円

※U-25、70歳以上は入場時要確認証提示

【ご予約・お問い合わせ】

■WEB予約フォーム
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=1d34c73be5

■ホモフィクタス
homofictus2019@gmail.com
Tel: 03-5981-6544

■糸あやつり人形一糸座
info.isshiza@gmail.com
Tel: 042-201-5811

※チケットのご予約は上記WEBフォーム及び、メールまたはお電話で承ります。メールまたはお電話でご予約のお客様はご希望日時と枚数をご連絡ください。

【STAFF】

演出助手:小松 亨
照明:高良康成
音響:幸田和真
舞台監督:宮尾健治
写真:小野塚誠
記録:中村仁美
宣伝美術:グリフ(工藤規雄+渡辺佳奈子)
制作:くわはらよしこ
制作協力:高良日向子/結城民子
製作:萬代博実

【協力】

アルファエージェンシー/EP-4/糸あやつり人形一糸座/スイッチ総研/SLOGAN/φONON(フォノン)ウラン/ポスターハリス・カンパニー/渡邊未帆/シバイエンジン



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